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● 友達ごっこ --- わたしにだけは言えないことって、どういう意味なの? ●

 教室に戻ると、まず先生に叱られた。気分が悪かったのでと言うと、それ以上は何も言われなかったけれど。
 六限が終わってすぐに、蓮子たちは何事もなかったかのように戻ってきた。すぐに蓮子の側には向井さんが走り寄る。わたしは、哲己くんの元へ向かった。哲己くんはすっかりいつもの彼に戻っていて、声を掛けると「永久ちゃん」と顔を上げてにかっと笑った。
「蓮子の火傷大丈夫だったみたい?」
「ああ、ん。保健の先生いなかったから、包帯とか捜すのに手間どったけど」
「……わたしにだけは言えないことって何?」
 一瞬にして哲己くんの表情が硬くなった。
「保健室での二人の話、聞いちゃったんだ」
「そうか。でもこれはいくら永久ちゃんでも……言えない。蓮子サンとも約束したから」
「なっ!」
「言うなら蓮子サン本人が告げるべきだ。それに……蓮子サンが弱い所を永久ちゃんに見せられないのは、永久ちゃんが蓮子サンを強く仕立て上げてるからじゃないか」
「仕立て上げるだなんて! だって、蓮子は強いもの。わたしなんかと違って、いつだって格好よくって、しっかりしてて……」
 哲己くんは可哀相なものを見るような目でわたしを見た。
「少なくともそう思ってる限りは、蓮子サンは絶対に永久ちゃんに心は開かない」
 勢いよく頭に血が上っていく。それと同時に、背筋はすっと体温を失っていった。もう、この人に何を言っても無駄だ。わたしはすぐに体を翻し、哲己くんに背を向けた。……こんなにも他人に腹が立ったのは初めてだった。

 

 傘を閉じ、寮一階のロビーに入った所でわたしはため息をつく。怒りに身を任せ、荷物を纏めてすぐに帰ってきてしまった。でも、蓮子は今日も早く帰って来るだろうし……そう考えると気が重くなる。哲己くんにも、何であんなにも怒ってしまったんだろう。問題は山積みで、何から考えたらいいのかすら分からない。もう頭の中はぐるぐるに糸が絡みついてしまった。
 エレベーターで自分の部屋へと戻ろうとした時のことだ。突然、鞄の中からミッキーマウスマーチが鳴り響いた。哲己くんからメールが来たのかもしれない。すぐに鞄から携帯電話を取り出そうとするけれど、焦っているせいか、なかなか見つからない。鞄の中のものを全部出してしまおうか、という考えがふと頭によぎったその時、携帯が見つかった。
 すぐにメールを見るべく、覗き込む。
『突然だけど、誰だか分かるかな? 分かると仮定して、話を進めます。
 遅ればせながら、僕も携帯を買いました。本当はいきなり電話して驚かせようとも思ったけど、とわの電話嫌いは相当のものだからやめときました。
 それから、今年はくちなしの花がもう咲いています。近いうちに見においで。辛いことがあったらすぐに帰って来るんだよ』
 最後に携帯の電話番号が書いてあった。
 ……勲雄からだ。名前は一切書いてなかったけれど、すぐに分かった。わたしの名を「とわ」と平仮名で呼ぶのは、彼だけだから。文字にする時だけでなく実際に呼ぶ時も、勲雄は柔らかくそれを発音する。間の抜けた――と言ってしまうと酷いけれど――その発音で名前を呼ばれるのがすごく好きだった。
 懐かしさで一杯になって、すぐにその場で鞄から携帯電話を取り出し、十一桁の数字をなぞる。と、ワンコール目ですぐに、もしもし、と相手が出た。けれど、それは聞き覚えの無い女の人の声だった。
 状況が飲み込めなくて、しどろもどろになってしまう。
「え……これって鈴木(すずき)勲雄の携帯じゃ……」
「そうだけど、勲雄は今部活に行ったとこ。それより、……あんた、誰?」
「あ、小椋です」
「小椋……ってもしかして勲雄の幼なじみとかいうコ? ……成程ね、あたしは向井(むかい)(みやび)。名前くらいは聞いたことあるかもしれないけど、勲雄の彼女なの。……迷惑だから、これ以上勲雄に近づかないで」
 すぐに電話は一方的に切られてしまった。ムカイミヤビ……その名前は確かに聞き覚えがあった。他の誰でもない、勲雄自身の口から何度も何度も。

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